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前沢に伝わった紺紙金字経断簡、中尊寺経の一部か

前沢に伝わった紺紙金字経断簡、中尊寺経の一部か

前沢に伝わった紺紙金字経断簡、中尊寺経の一部か
明治初期に前沢地域に伝わり、中尊寺経の可能性が高まった断簡

 前沢地域に伝わった紺紙金字経の断簡(個人蔵)が、平泉藤原氏の発願で書写された「中尊寺経」の一部とみられることが分かった。調査した奥州市教育委員会歴史遺産課が8日、明らかにした。鑑定に当たった平泉世界遺産ガイダンスセンター長の八重樫忠郎氏は料紙や文字から中尊寺経の一部の可能性が高いと判断。「中尊寺経を考える上でも非常に重要な発見」と評価する。同寺に現存する中尊寺経約2700巻は、いずれも国宝となっている。今月11―19日に奥州市牛の博物館、同25日―5月10日に「えさし郷土文化館」で特別公開される。
(若林正人)

11日から牛博で特別公開

 見つかった断簡は縦26cm、横14.5cm。紺紙に銀泥でけい線を引き、金泥で8行(1行17文字)が書写されている。大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみったきょう)(全600巻)のうち、第330巻の一部が記されている。
 断簡は、前沢に実家がある絹川登志雄さん(67)=東京都中野区=が所有している。絹川家は代々商家で、断簡を円柱状に丸めて木箱に入れ、神棚で長年保管してきた。明治初期の廃仏毀釈(きしゃく)の際、先祖が平泉の人から買い受けたと口頭で伝えられたという。

前沢に伝わった紺紙金字経断簡、中尊寺経の一部か
11日からの特別公開を前に、牛の博物館で中尊寺経とみられる断簡を眺める所有者の絹川登志雄さん

 住田町で昨年確認された「紺紙金銀字経」の記事を見た絹川さんが、旧知の市文化財保護調査員に「同じようなお経がある。一度見てほしい」と伝えた。昨年5月に調査員と同課学芸員が確認したところ、紺紙金字経の断簡であり、来歴から中尊寺経の一部である可能性を推測。市教委で預かり、鑑定を進めた。
 鑑定に当たった八重樫氏は、料紙や文字、中尊寺に現存する紺紙金字経の状況、来歴から中尊寺経の可能性が高いと判断した。
 八重樫氏は、今回の断簡の紙質が「シャープ」とも指摘。初代清衡、二代基衡、三代秀衡が発願して納めた中尊寺経が約60年間にわたって作られた経緯を踏まえ、「その間に膨大な数の写経が中尊寺で行われており、紙すきや金泥の技術も進化した。進化の度合いが見え、(今回の断簡は)秀衡の金字一切経ではないかなと思う。ただ、基衡が発願し書写されたものの可能性もある」と話した。
 大般若波羅蜜多経は600巻から成るが、中尊寺所蔵は844巻あり、複数が存在すると考えられている。
 発見された断簡は8日、特別展示に先立ち、報道陣に公開された。絹川さんも同席し、「幼少期から神棚の奥に宝物があると聞いていた。お経そのものの価値は疑いようがないが、廃仏毀釈の嵐にもまれた史実も見逃してはならない」と多くの観覧を願っていた。