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ILC 欧州建設の可能性も(推進派2氏が最新動向を語る)

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ILC 欧州建設の可能性も(推進派2氏が最新動向を語る)
奥州市の水沢駅通りに掲げられているILC誘致をPRする旗

 素粒子実験施設・国際リニアコライダー(ILC)について、本県の北上山地ではなくヨーロッパ(欧州)建設の可能性が浮上している。ILCを推進する県立大学長の鈴木厚人氏、高エネルギー加速器研究機構(KEK)機構長の浅井祥仁氏への個別取材を通じ分かった。一方、日本政府の意思表明などに対し両氏の見解に相違がみられるほか、国会のILC議連に至っては機能していない状況も浮き彫りになった。
(児玉直人)

国内誘致に向けた政府表明「3月末までに」(岩手県立大学長・鈴木氏)

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鈴木厚人氏

 欧州の素粒子物理学者らは今年、次期素粒子物理戦略の策定作業に着手する。同戦略でILCがどう扱われるかで、日本誘致や計画全体の今後が左右される。
 事前の意見書提出期限が3月31日に迫る。鈴木氏はこの期限を意識し、昨年来「3月までに日本政府の前向きな意思表明が必要」と主張してきた。北上山地誘致を切望する本県や東北の行政、経済界も同調。さらにお笑い芸人らを起用した機運醸成のキャンペーンを展開した。
 鈴木氏によると、中国が巨大円形電子・陽電子衝突型加速器「CEPC」の建設を自国内で推進。この動きが欧州合同原子核研究所(CERNセルン)を擁する欧州の脅威になっているという。
 CERNは対抗策として、同規模の円形加速器「FCC-ee」を検討。しかし、ILCを大幅に上回る建設費(2.2兆円)や消費電力などが課題で、ドイツ政府は公式に反対している。こうした流れもあり、ILCをCERNに建設して中国をけん制しよう――との話が出ている。
 思いを同じにする北上山地誘致関係者と共に、「今年がヤマ場」「正念場」などの言葉を繰り返してきた鈴木氏。3月に動きがなかった場合のシナリオはあるか尋ねると、「もうない。完全にアウト。中国の動きを欧州は甘く見ていない」と答えた。
 「日本政府の意思表示がない中、講演会や会合をいくら開いてもだめ。10年近く続けてきたが、いつまでもこんな状況では話にならない。けじめをつけないと。けじめをつけるというのは『ILCは欧州』。これが今一番の可能性だ」

KEK機構長の浅井氏は「政府表明、まだ必要ない」

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浅井祥仁氏=KEK提供

 政府意思表明を3月までに――とする鈴木氏と異なる見解を示しているのが、同じく推進の立場にいる浅井氏だ。「欧州戦略は研究者に関わるもの。日本政府の意思表明を求められることも、政府が率先して発表することも、はっきり言ってないし必要もない。政府関係が絡むのは、ILCを正式に承認するかどうかという場面でのことだ」
 ILCは、関係国が対等の立場で進める「グローバル計画」でなければ実現できない。しかしこれまでの過程の中で海外からは、施設建設地の国が大きな責任と負担を抱える「インターナショナル計画」と受け止められていた向きがある。浅井氏やKEK関係者、文部科学省はもとより、ILC国際推進チーム(IDT)もリポートで指摘しているという。浅井氏は関係国との認識差を解消し、グローバル計画で進めるための理解形成に努めている。
 グローバル計画方式では建設場所も含め一から議論する。北上山地は日本の素粒子物理学界が適地と判断したレベル。日本政府はもちろん、ILCに参加するかもしれない関係国が公式に決めた候補地はまだ存在していない。この点の認識は鈴木氏も同じだ。
 ILC、FCC-ee、CEPCはいずれも、質量を与える素粒子「ヒッグス粒子」を詳細に調べ、物質の成り立ちや宇宙誕生の謎に迫る。工場のようにヒッグス粒子を量産するので「ヒッグスファクトリー」と呼んでいる。
 浅井氏は、日本の研究者コミュニティーの総意として「日本建設に向けて努力するが、もし日本以外が手を挙げ、そちらに建設したほうが早期のヒッグスファクトリー実現につながるというのであれば、そちらに賛成するとしていることで一致している」と説明する。つまり欧州など日本以外の場所に建設される可能性、そしてILC以外の選択肢もあり得ることを意味する。

政治資金問題影響し国会議連は後任会長決まらず

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一関市内で開かれたILC関連の会合であいさつする塩谷立氏(左)=2023年2月8月

 2022年2月に公表された第2期文科省ILC有識者会議「議論のまとめ」に対しても、両氏は真逆の反応を示す。鈴木氏は現実を無視する判断と批判しているが、浅井氏はグローバル計画と認識されていない現状をしっかり指摘してくれたと評価する。
 両氏と東京大学素粒子物理国際研究センター長の石野雅也氏は昨年12月18日、自民党の科学技術・イノベーション戦略調査会(会長・大野敬太郎衆院議員)のヒアリングに応じ、ILCを巡る現状をそれぞれの立場で報告した。
 国政におけるILC協議は、超党派議員で組織するリニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟(通称・ILC議連)の場で行われてきたが、議連会長を務めていた元文科相の塩谷立氏は昨年、同党の政治資金パーティー問題に絡む離党勧告を受け離党、その後政界引退を表明した。関係者の話によると後任会長は決まっていないという。