TOPIC

天文学者や現役大学生、科学の魅力伝える(国立天文台水沢で銀河フェス)

【投稿】「祝賀資本主義的」なILC誘致は即中止を(千坂げんぽう=一関市萩荘、僧侶)

【投稿】「祝賀資本主義的」なILC誘致は即中止を(千坂げんぽう=一関市萩荘、僧侶)
千坂げんぽう氏

 プロサッカー選手でもあった米国パシフィック大学のジュールズ・ボイコフ教授(政治学)は、自著『オリンピック秘史120年の派遣と利権』(早川書房)の中で、オリンピックに代表される国策の巨大プロジェクト事業を「祝賀資本主義」と名付け、批判した。彼は次のように述べている。
 「祝賀資本主義というのは、民間企業に利益をもたらす一方、納税者にリスクを負わせ、偏った公民連携に特徴付けられる政治構造のことである。メディアがもてはやす超商業主義的なスペクタクルの開催を理由に、通常の政治ルールは一時停止される」「彼らは政治的な反対運動を抑え込み、祭典を守る。祝賀資本主義は、明るく楽しいゆすり・たかり行為であり、トリクルダウン理論(富裕層が豊かになれば、最終的には貧困層にも富が浸透するという考え方)の逆の効果をもたらす経済活動であって、その犠牲になる人々を大変苦しめる」
 これと同じことを国学院大学の吉見俊哉教授は、「お祭りドクトリン」と呼び、万国博覧会なども同様なものとして挙げる。
 私は両氏の考え方に同意する立場で、岩手県における国際リニアコライダー(ILC)誘致運動は「祝賀資本主義」的な悪影響を受けており、やめたほうが良いと訴えている。しかも岩手県の誘致運動は、実現の可能性がほとんどないのに継続している点で、祝賀資本主義というより落語の「花見酒」同様の愚行と思われるのである。


 この落語は、ある2人が酒屋に「酒を売った利益で、酒の仕入れ代と借りた5銭を払う」と頼み込む。酒樽(さかだる)をかついで、酒を売る花見名所へ向かった2人だが、1人が借りた5銭を使って「金を払うから酒を飲ませてくれ」と言い飲む。受け取った相方も次第に飲みたくなり、手にしたばかりの5銭を出して「飲ませてくれ」と飲み始める。これを繰り返しているうちに、酒樽はついに空っぽに。売る酒がなくなったので、当然利益を出すことはできない。残ったのは酒屋に支払う仕入れ代と借りた5銭の返済だ。しかし2人とも十分酔ったから「まぁいいか」と満足する――というオチである。

 落語は笑い飛ばすだけで済む。だがILC誘致の場合、税金でまかなった誘致費で満足するのは、素粒子物理学研究者の一部だ。岩手県や一部マスコミ、建設・土木業者は、無邪気にお祭りに巻き込まれているだけだ。
 「お祭り」は一時的に楽しいだろうが、無駄な騒ぎに税金を使われてしまうことは、県民にっとって大変迷惑なのである。誘致運動はILC推進団体の民間的な負担のみとし、県や市町村は誘致に関わる公的な経費負担や人員配置を、間接的なものも含め即刻やめるべきである。


 昨年10月27日から3回にわたり、胆江日日新聞に掲載された私の寄稿文では、ILCが実現する可能性はないと論じた。それを補足する形で、現在の科学技術に関わる状況を述べる。
 茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)では、宇宙創成の謎を解こうとする国際的なプロジェクト「ベル2実験」を実施している。28の国や地域の122大学から、約1100人の研究者が参加し、2030年代まで続くという。1999~2010年まで実施した「ベル実験」の後継事業であり、加速器や検出器の大幅な改良・レベルアップによって、2023年12月に開始された。検出器の中心部はドイツ製の高性能なものが使われた。
 今回の実験で分かることは、日本の技術だけでは高性能な実験は難しいということである。
 「ベル2実験」の後に続く実験として、KEKはILCを日本国内に誘致したい希望を持っている。だが国際的協力なしには、技術的にも金銭的にも実現しないことは明白だ。
 ILCの本体価格は当初、約8000億円と見積もられていた。しかし、円安の状況では経費が倍以上に増加することは必定である。ロシアのウクライナ侵略戦争、イスラエルのネタニヤフ首相によるガザへの悲惨な攻撃は、欧米各国の財政難と相まって、基礎的科学に多額の資金をつぎ込むことを許さなくしている。現在のILCに負担金は出せないとする欧米各国の姿勢は、変わることはないだろう。


 各国が最も重視しているのは、情報化において他国に後れをとらないこと。そのために重点的に資金をつぎ込んでいるのは、現代における「産業の米」である電力と半導体だ。
 情報化時代になり、米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムのIT関連4社の頭文字)などが続々と日本にデータセンターを設立、また計画中である。その施設は電力を大量に使うので、これからは電力が情報産業において大変重要なインフラとなる。二酸化炭素排出による温暖化防止と、エネルギー安全保障にも資する将来のクリーンエネルギーとして核融合発電が期待されている。
 2007年、国際熱核融合実験炉(ITER)計画の協定が発効された。先進国は国際協力で核融合エネルギーの技術を蓄積。そこで獲得した技術を実用化する計画(マイルストーン)を各国が作り、英国は2040年までに商業利用可能な核融合発電炉を建設すると発表している。2020年ごろから国際協調から国際競争の時代に入ったとされる。この情勢を受け、日本でも核融合炉に必要な「幅広いアプローチ(BA)活動」として、核融合原型炉に向けた技術基盤の構築を青森県や茨城県で行っている。
 もう一つの重要な対象は半導体である。半導体は車に搭載するなど日常生活に密接に関わっているだけでなく、高度な計算に使うロジック半導体は人工知能(AI)、宇宙探索、軍事利用で必要である。
 日本ではこれまで、輸出の主力品目である自動車に使う半導体の生産が重視され、40ナノ(ナノは10億分の1m)の半導体で十分と考えていた。
 ところが、AIなどに必要な精度の高い半導体の製造は軽視してしまい、情報産業に後れをとってしまった。産業振興面だけでなく、防衛上も精度の高い半導体を他国に依拠してしまう状況が危惧されるようになった。政府は慌てて次世代半導体の国産化を進めることにした。
 半導体の復権にかける政府は、2022年11月に設立した半導体メーカー「ラピダス」を全面的に支援することにした。この会社はトヨタやNTTなど7社が計70億円、三菱UFJ銀行が3億円出資している。
 政府は、建前上は民間の半導体会社に補助金3300億円を投じ、国の基金に最大6773億円を積み立て、当初だけでも合わせて約1兆円をつぎ込む。そして、その後の費用としてさらに約4兆円がかかると想定されるが、出資する民間企業がほとんど見込まれないことから政府が全面的に負担することになるだろう。民間企業が出資しないのは、資金力の問題もあるが「ラピダス」が目標としている2ナノの半導体を、今まで40ナノしか作っていないエンジニアが作れるか、疑問に思っているせいもあろう。
 現在の最高水準である3ナノの半導体を製造しているTMSC(台湾)とサムスン電子(韓国)の投資額は、2022年において、TMSCが約5兆4700億円、サムスンは約4兆8000億円である。40ナノの段階で止まっている日本が、5兆円の投資で2ナノの半導体が製造できるとはとても思われない。おそらく、国はズルズルと投資を続けることになるだろう。
 この構図は、2021年の東京オリンピック、2025年開催の大阪万博の「祝賀資本主義」と指摘されたのと同様、膨れ上がる出費とその内容の不透明さを現出することが想定される。


 話をILCに戻す。
 ILC誘致推進者は、岩手県議会が全員一致で誘致運動を是としたことを受け、県民総意という「錦の御旗」の下、誘致運動で甘い汁を吸っているのではないか。実現不可能な状況でも、半導体メーカー「ラビダス」のように、政府が大盤振る舞いをすれば実現できると思っている人もいるであろう。
 しかし、国は産業安全保障や輸出産業保護を重視する立場を変えていないし、基礎的な科学技術面に多額の資金をつぎ込む意向と財源は持っていない。ILCの国内誘致に対して、政府は慎重な姿勢を崩していないと思う。
 私たち県民は、岩手県や関係自治体が一部の研究者らのために、「花見酒」的な出費を続けることを止めさせるべきである。私たちは県に政策を任せきりになるのでなく、国の方向性を学び、岩手のあるべき政策を個々人が考え、県政に物申すべきであろう。


※千坂氏の名前の漢字表記は、「げん」は山へんに「諺」のつくり、「ぽう」は峰