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【トピックス】ILCはグローバル計画(浅井祥仁氏に聞く)

市民理解あっての天文台(ブラックホール撮影成功、今春で5年)=2024年元旦号より

市民理解あっての天文台(ブラックホール撮影成功、今春で5年)=2024年元旦号より
水沢VLBI観測所の象徴である電波望遠鏡。手前はブラックホールの顔はめパネル

 ブラックホール(BH)シャドウの撮影成功を機に、全国的に知られるようになった国立天文台水沢VLBI観測所。現場トップである本間希樹所長(52)をはじめ、研究者や技術スタッフ、事務職員らは、最先端の天文研究に携わりながら、地域活性化に貢献したいと意欲を示す。本間所長らは「市民理解あっての天文台」と常々語っている。その精神は今に始まったことではなく、緯度観測所の初代所長だった木村栄(ひさし)博士が、「Z項」などの研究実績とともに残した“伝統”のようなものだ。
(児玉直人)

木村博士がZ項とともに残した伝統的精神

 地球回転運動に生じる謎の動き「Z項」を発見した木村博士。本業である天文学者としての功績は広く知られているが、地域振興や住民交流にも熱心な人物だった。
 緯度観測所は数度の組織改編により、水沢VLBI観測所に至る。木村博士から数えて13代目の本間所長は「謡曲やテニス、マージャンなどの芸術文化、娯楽を住民と共に楽しんでいた。住民と観測所との間に『ギブ&テイク』の関係がつくられた」と語る。
 1世紀余りの時を経て、木村博士が築いた地域との絆は、二つの出来事で大きな発展を遂げた。一つは2008(平成20)年の奥州宇宙遊学館の開館だ。緯度観測所2代目本館の取り壊しに「待った」をかけた市民運動が実り、同遊学館が誕生した。それまで観測所は、年に1度の一般公開があるだけで、自由に出入りできる雰囲気がなかった。
 もう一つがBH撮影成功と、それを成し遂げた本間所長ら研究者の謙虚な姿勢だ。「地元の理解があってこそ、私たちは研究ができる」「何らかの形で地元に貢献したい」と、常に地元を気づかう。そんな人柄もあって、BHをイメージした菓子や鉄瓶など、地域らしさを生かしたユニークな動きが天文台の周辺で起きた。

市民理解あっての天文台(ブラックホール撮影成功、今春で5年)=2024年元旦号より
「天文台がある水沢にしかできないことで、地域貢献できたら」と語る本間希樹所長

新たな人たちと接点を(本間所長、活性化貢献 意欲示す)

 本間所長は「まだ準備検討段階だが、人工衛星を使ったBH観測も考えられている。岩手で作られた部品や装置が、そのようなプロジェクトに搭載できたら」と夢を描く。
 産業振興だけでなく、観光やまちの活性化にも貢献したいという。「観測所の歴史を紹介する展示類は充実しているので、今後は、現在行われている研究をもっとPRできる場を設けられたら」と望む。
 さらに本間所長が構想しているのは、夜の繁華街とのコラボレーションだ。冗談のような話にもみえるが、本間所長は「水沢に住んでいるのに天文台を知らない“新しい人たち”と、どこでどうやって接していけばよいか。これは大事なこと」と表情は真剣だ。
 学術研究に対する理解を得る手法として、講演会や出前授業などが一般的だ。しかし本間所長は「聞く意識がある人、動員された人しか来ない。ハードルを下げなければ」と強調。「飲み会のように、ある意味生活の一部になっている空間でトークをするのが一番浸透する。仮に話がつまらないと感じても、お酒や料理も味わえるなら『ま、いいか』と気持ちが楽になる」と語る。
 市内の菓子店で売られているBHスイーツは、同業者の組合が天文台と連携して作り出した。「同じように、飲食関係の組合や商工団体などの理解を得られれば、おもしろい形で実現できるかもしれない」と本間所長。“天文学者と飲めるまち・水沢”という、唯一無二の企画が、新たな魅力創出になる可能性を十分に秘めている。

“雲の上の存在”身近に(市街地飲食店で試みたサイエンスイベント)

市民理解あっての天文台(ブラックホール撮影成功、今春で5年)=2024年元旦号より
らいおん食堂内で開かれたサイエンスイベントの様子

水沢袋町の多国籍料理店「らいおん食堂」はこれまで2回、水沢VLBI観測所に関係する研究者を招いたサイエンスイベントを開催。料理を楽しみながら、天文学を身近に感じられる試みは好評だった。他地域ではなかなかできないユニークな取り組み。その面白さを奥州・水沢ならではの魅力としてどこまで発展できるだろうか。
 「雲の上のような存在の人たちが、何でも気さくに答えてくれる」。同食堂を営む大和田順子さん(43)は笑顔で語る。同観測所の研究者がたまたま来店したのがきっかけ。ちょうどブラックホール(BH)撮影成功のニュースが報じられた時期だった。
 それまで大和田さんにとって天文台は縁遠い存在だった。「すごい発見をした研究施設なのだろうが、中に入っていいのかもわからない。そこで働く研究者に直接会うこともなかった」。多くの市民にとって、近くて遠い存在だった。

市民理解あっての天文台(ブラックホール撮影成功、今春で5年)=2024年元旦号より
「この食堂で天文学の話を聞けるとは」と驚いた客もいたと語る、らいおん食堂の大和田順子さん

 イベントに携わった同観測所特任助教の酒井大裕さん(32)=名古屋市出身=は、まちの中に天文学者が出て行き、一般市民と話すことは大きな訓練になるという。「特に子どもたちの場合、前提知識が年齢によって大きく異なる。学会のように話そうものなら、『この人何言ってんだ?』という素直な反応が返ってくる。どのように伝えれば市民の皆さんは理解してくれるのか。それを考えることは非常に重要だ」と言う。「基礎科学は、目の前の生活に直接役立ちにくく、予算も削減されやすい。だからこそ顔の見える関係を築き、人類の未来に価値ある研究をしていることを伝えなくてはいけない」と語る。

市民理解あっての天文台(ブラックホール撮影成功、今春で5年)=2024年元旦号より
市民と研究者が互いの顔が見える関係が大切だと話す、水沢VLBI観測所の酒井大裕さん

 現在は小さな動きだが、行政や商工団体などとの連携で、より充実した展開も期待される。
 国立天文台と市は、2008年の奥州宇宙遊学館開館に合わせ、相互友好協力協定を結んでいる。市は「国立天文台の本来の役割は研究で、イベント協力は副次的なもの。イベント開催については、天文台の都合に配慮する必要がある」とした上で、「研究で大きな成果を上げることで、市の知名度向上に寄与してきた経過もあり、今後も協力・連携していく」との考えを示している。